// 地球周回から惑星を10年見続ける · 2013-049A
ひさき
HISAKI (SPRINT-A)
惑星へ飛んで行かず、地球周回軌道から極端紫外線を長期間分光する世界初の惑星専用宇宙望遠鏡。木星のオーロラとイオ・プラズマトーラス、火星・金星の上層大気を公称52–148 nmで見張り、設計寿命1年を越えて10年以上観測した。
01基本情報
小型標準バスと4 m級の望遠鏡を結び、惑星像を幅数十秒角のスリットへ保った。
| 打上げ | 2013-09-14 14:00 JSTイプシロンロケット試験機 |
|---|---|
| 射場 | 内之浦宇宙空間観測所イプシロン初号機の搭載衛星 |
| 国際標識 | 2013-049A打上げ前名称 SPRINT-A |
| 質量 | 348 kgSPRINTバス初号機 |
| 外形 | 約4 × 1 × 7 m太陽電池パドル展開時 |
| 投入軌道 | 近地点947 km・遠地点1,157 km楕円地球周回軌道 |
|---|---|
| 傾斜角・周期 | 29.7°・106分ISASニュース掲載値 |
| 主観測器 | EXCEED52–148 nm、分解能0.4–1.0 nm |
| 指向 | 三軸安定・FOVガイド惑星追尾要求 約5秒角 |
| 停波 | 2023-12-08設計寿命1年に対し10年以上観測 |
02ミッション
一度の接近で詳しく見る探査機に対し、ひさきは地球周回から惑星圏の変化を週・月・年の時間軸で見続けた。
写真では分けられない二つの量を分光する
惑星の極端紫外発光は、発光物質の密度と、電子や太陽風から供給されるエネルギーの両方で明るさが変わる。EXCEEDは光を波長へ分け、硫黄、酸素、水素などの輝線を個別に測った。明暗だけの画像から一歩進み、木星磁気圏のエネルギー輸送や惑星大気の流出過程を診断するのが目的だった。
一つの主鏡から波長と位置を同時に得る
フードへ入った惑星光はミッション部底面の主鏡で反射され、スリット、フィルター、トロイダル回折格子、MCP検出器へ進む。検出位置の一軸が波長、もう一軸がスリット上の空間位置となり、公称52–148 nm(アーカイブ主要処理域60–145 nm)の二次元スペクトル像を作る。分光器の各要素は独立した観測器ではなく、一つの光学経路を構成する。
5秒角をバスと観測器で一緒に作る
SPRINTバス単独の一般的な小型衛星指向より、惑星をスリットに置く要求ははるかに厳しかった。そこでFOVガイドカメラがスリットへ入る惑星像を撮り、円盤重心のずれを姿勢制御系へ返した。観測器が姿勢センサーの一部を担い、約5秒角の安定を作る設計だった。
近くで測る探査機と、遠くから時間をつなぐ
ひさきは2014年に木星を1か月以上連続監視し、イオ・プラズマトーラスの朝夕非対称が太陽風変動へ応答することを示した。2016年以降はNASAのJunoによる現地観測と同時期に木星全体を見渡し、局所測定へ時間的・空間的な文脈を与えた。火星の大規模ダストストームや金星上層大気も同じ分光器で追った。
一号機は標準バスも実験した
ひさきは通信、電源、姿勢制御を担う1 m角のSPRINTバスと、惑星分光用ミッション部を分離開発した最初の衛星だった。内部機器をSpaceWireで結び、別の科学観測器へ換装できる構造を実証した。NESSIEは主観測系とは独立に、薄膜太陽電池とリチウムイオンキャパシタを軌道上評価した。
観測精度を基準に終える
経年変化により要求精度の維持が難しくなったため、2023年12月8日に停波運用を実施した。機体は地球周回軌道に残ったまま、10年以上の極端紫外スペクトルと姿勢・時刻情報がDARTSへ引き継がれた。
- 2013-09-14イプシロン初号機で軌道へ近地点947 km、遠地点1,157 kmの地球周回軌道へ投入。
- 2013年秋SPRINTバスとEXCEEDを立上げ太陽電池、三軸姿勢、FOVガイド、分光器を順に確認。
- 2014-01木星を長期連続監視イオ・プラズマトーラスの硫黄イオン発光を1か月規模で追跡。
- 2015木星オーロラの突発増光高速自転が駆動する磁気圏全体の活性化を捉えた。
- 2016–Junoとの同時観測木星全体のEUV発光と探査機の局所粒子測定を接続。
- 延長運用期火星・金星・恒星へ観測を拡張惑星上層大気と突発現象の長期データを蓄積。
- 2023-12-08観測終了・停波10年以上の運用を終え、データアーカイブへ移行。
03エピソード
近づけない惑星を、地球周回から長く見続けるための小型機の工夫。
十秒角級の惑星像を、ガイドカメラからバスへ返す
2013年9月14日に打ち上げられた「ひさき」は、惑星の極端紫外線をEXCEEDの細いスリットへ入れ続ける必要があった。見かけの直径が10〜60秒角ほどの対象では、わずかな姿勢誤差でも光が外れる。そこでFOVガイドカメラが円盤像の重心を求め、ずれをSpaceWire経由で標準バスの姿勢制御へ返した。観測器と衛星バスを閉ループで結ぶ判断により、小型機でも長時間の分光観測を成立させた。
2014年1月、夕側のトーラスが朝側の2.5倍になる
木星の内側磁気圏は巨大な磁場と高速自転に支配され、太陽風の影響は小さいと考えられていた。「ひさき」は2014年1月の連続監視で、イオ・プラズマトーラスの夕側が朝側に対して一時約2.5倍明るくなる変化を捉えた。短時間の接近観測では因果を切り分けにくいが、太陽風動圧の急増と明るさの非対称が連動したため、外からの擾乱が木星磁気圏の深部まで届くことを実測で示せた。
一年設計を十年へ延ばし、要求精度を保てない所で止める
設計寿命1年の「ひさき」は、木星・火星・金星を同じ極端紫外線分光器で10年以上追い続けた。その長さが、Juno到着期や火星の大規模ダストストームなど、開始時には一度きりだった現象を同じ尺度で比較できる記録へ変わった。一方、経年変化で必要な観測精度を維持できなくなると、成果数だけを伸ばす運用は選ばなかった。JAXAは2023年12月8日に停波操作を行い、10年超のデータ品質を区切って使命を終えた。
04軌道
ひさきは惑星へ向かう探査機ではない。106分で地球を回りながら視線だけを惑星へ向け、接近探査機が作れない長い時間列を得た。
- 01イプシロンから分離2013年9月14日、947 × 1,157 kmの楕円軌道へ投入。
- 02電力・姿勢を確立パドル展開後、惑星へ向ける三軸姿勢を確立。
- 03分光器を較正惑星像と背景空を使ってEXCEED・FOVを較正。
- 04106分周期で観測地球遮蔽、観測、機上記録、地上再生を各周回へ割当て。
- 05季節ごとに対象変更木星、火星、金星を太陽離角と季節に合わせて切替え。
- 06探査機と同時観測Junoなどの局所測定へ、惑星全体の時間軸を提供。
- 07観測終了・停波2023年12月8日に停波し、機体は地球周回を継続。
05搭載機器
EXCEEDが科学観測、FOVが精密指向、NESSIEが電源技術実証、SPRINTバスが衛星運用をそれぞれ受け持つ。
極端紫外撮像分光器
主鏡、3種のスリット、2種のフィルター、トロイダル回折格子、MCPで60–145 nmを分光。
視野ガイドカメラ
スリットへ入る惑星像をCCDで撮像し、円盤重心から指向誤差を姿勢制御系へ返す。
次世代電源系実証
薄膜太陽電池とリチウムイオンキャパシタを主観測と並行して宇宙環境で評価。
標準小型衛星バス
通信、電源、姿勢制御、データ処理を担い、ミッション部とSpaceWireで接続。
06設計
4 m級の望遠鏡ミッション部を1 m角の標準バスへ載せ、FOV画像を姿勢制御へ戻す。光学直列と独立実験を分けて示す。
望遠鏡の形は水星まで見込んで決まった
フード先端の鋭角は、太陽離角の小さい水星方向まで遮光しながら向ける条件から決まった。惑星光は底面の主鏡で反射されて肩部の分光器へ入り、長い光路と1 m角バスを両立した。
EXCEEDが一つの光学経路を作る
主鏡、スリット、フィルター、回折格子、MCPは一つの光子経路でつながる。FOVカメラはスリット上の惑星位置を別画像で測り、姿勢系へ誤差を返す精密指向の枝を受け持つ。
標準バスはSpaceWireでミッション部を受け入れる
SPRINTバスは通信、電源、姿勢、計算機、記録を共通モジュールとして持ち、EXCEEDとFOVをSpaceWireへ接続した。観測器の専用性と、バスの再利用性を電気的・機械的インターフェースで切り分けた。
NESSIEは独立した電源技術実験
薄膜太陽電池とリチウムイオンキャパシタを主観測と並行して軌道上評価した。EXCEEDの科学観測、FOVの精密指向、NESSIEの技術実証がそれぞれの経路で進む構成だった。
08関連文献
軌道値、光学系、観測成果を一次資料から追える。
- ISASニュース No.443「惑星分光観測衛星ひさき」
- HISAKI / SPRINT-A project
- The Effects of Solar Wind on Jupiter's Magnetosphere
- HISAKI Data Archive

