// キラー電子の生成現場へ · 2016-080A
あらせ
ARASE (ERG)
あらせは、放射線帯の高エネルギー電子がいつ生まれ、いつ失われるのかを、粒子と電磁波の同時観測で解くジオスペース探査衛星である。2017年3月に全観測器の動作確認を終えて科学運用へ移り、地上観測網やVan Allen Probesとの同時観測で、一機の局所測定を磁気圏全体の変化へ結びつけている。
01基本情報
運用史と機体仕様を、ミッションの読み解きに必要な単位で整理する。
| 打上げ日 | 2016-12-20現地表記は一次資料に準拠 |
|---|---|
| 国際標識番号 | 2016-080ACOSPAR ID |
| 打上げ機 | イプシロンロケット2号機Epsilon |
| 射場 | 内之浦宇宙空間観測所日本 |
| 質量 | 350 kg打上げ時または公式代表値 |
| 近地点 | 440 km公式公称値 |
| 遠地点 | 32000 km公式公称値 |
|---|---|
| 軌道傾斜角 | 32°赤道面基準 |
| 軌道周期 | 570分公称値 |
| 姿勢制御 | スピン安定観測・通信の基準 |
| 外形 | SPRINTバス+4本ワイヤアンテナ・磁力計マスト展開物を除く場合あり |
| 運用状態 | 運用中公式機関の分類 |
02ミッション
放射線帯の高エネルギー電子は、宇宙嵐の中で急増も消失もする。あらせは、粒子そのものと粒子を動かす電磁波を同じ場所・同じ時刻で測り、そのエネルギー交換を直接たしかめる。
「キラー電子」はどこで作られるのか
放射線帯では、人工衛星へ障害を与えうる相対論的電子が短時間で増える一方、急に失われることもある。あらせは、電子19 eV〜20 MeVを6つの粒子観測器で連続的に覆い、MGFとPWEが磁場・電場・波動を同時に測る。粒子の分布だけでなく、加速や散乱を起こす波と同時に見ることが、ミッションの中心である。
570分の楕円が放射線帯を切る
科学観測軌道は近地点約460 km、遠地点約32,110 km、傾斜角約31°。約570分の一周ごとに内部磁気圏と放射線帯を横断し、低高度側から遠地点付近まで環境の変化をつなぐ。2016年12月20日の投入時は近地点約214 kmだったため、2017年1月7日までの軌道変更で近地点を上げて観測軌道を確立した。
全観測器を立ち上げ、科学運用へ
4本の15 mワイヤアンテナと2本の5 mマストを展開し、9つの観測系と観測計画ツールを順に確認した。2017年3月、全観測器の動作確認を終えて定常的な科学運用へ移行した。スピン位相、衛星自身の電磁雑音、検出器への粒子混入を較正情報として分離し、測定値が宇宙空間の現象を表す範囲を明確にする。
S-WPIAが波と粒子を同じ時計へ載せる
粒子分析器は一個ごとの到来時刻・エネルギー・方向を、PWEは電磁波の波形と位相を記録する。S-WPIAは高精度時刻で二つを対応させ、波と粒子の間で移ったエネルギーを衛星上で計算する。異なる観測器を物理的に直列へつなぐのではなく、同時データを相関させるソフトウェア観測である。
衛星と地上を磁力線で結ぶ
Van Allen Probes、PWING、CARISMA、EISCATなどと、同じ時刻・同じ磁力線領域を狙う同時観測を行う。あらせの局所測定、別の場所にいる衛星、地上から見る磁場・オーロラ・電離圏応答を重ねると、波や粒子が磁気圏のどこからどこへ伝わったかを追える。条件の合う時間帯は限られるため、軌道予報に基づく日々の観測計画そのものが科学を支える。
運用中のデータを公開し続ける
あらせは現在も運用中で、放射線帯電子の生成・消失、コーラス波、脈動オーロラ、磁気圏から電離圏への結合を観測している。ERG Science CenterとDARTSは、較正済みデータ、姿勢、軌道、時刻情報を公開し、地上・他衛星データとの再解析を可能にしている。
- 2016-12-20イプシロン2号機で打上げ20:00 JST、内之浦から打ち上げられ、近地点約214 km・遠地点約32,250 kmの初期軌道へ投入された。
- 2017-01-07科学観測軌道を確立軌道変更を終え、近地点約460 km・遠地点約32,110 kmの高楕円軌道へ移った。
- 2017-01ワイヤとマストを展開4本の15 mワイヤアンテナと2本の5 mマストを、スピンの釣り合いを保ちながら段階的に展開した。
- 2017-03科学運用へ移行全観測器の動作確認と観測計画ツールの検証を終え、定常的な科学観測を始めた。
- 国際共同観測宇宙と地上の同時観測Van Allen Probes、PWING、CARISMA、EISCATなどと、時刻と磁力線領域を合わせた観測を実施した。
- 運用継続中長期観測とデータ公開粒子・波動・磁場の観測を続け、ERG Science CenterとDARTSが較正済みデータを公開している。
03エピソード
高楕円軌道の一地点で測る波と粒子を、地上のオーロラ・大気応答へ同じ時刻でつないだ三つの局面。
214 kmの近地点だけを上げ、放射線帯を横切る形は残す
2016年12月20日の打上げ直後、あらせは近地点約214 km・遠地点約32,250 kmの楕円軌道に入った。遠地点は放射線帯の中心を横切る一方、低すぎる近地点は大気抵抗で寿命を縮める。JAXAはガスジェット式推進系で段階的に軌道を修正し、2017年1月7日までに近地点約460 km・遠地点約32,110 kmへ移行、13日に完了を確認した。観測したい高高度側をほぼ変えず、低高度側だけを持ち上げる判断で約565分周期の科学軌道を成立させた。
13時01分、宇宙のコーラス一包が地上の一閃になった
2017年3月30日13時01分UT、あらせが磁気圏で一つのコーラス波パケットを測った瞬間、アラスカ・Gakonaの地上カメラは100 Hz、つまり毎秒100枚で脈動オーロラの短い発光を記録した。衛星は地磁気緯度−19.6°にいて地上から遠く、通常の低速撮像なら個々の波との対応は平均化されてしまう。研究チームは磁力線の足元と時計を突き合わせ、各コーラス要素と電子降下の閃光が一対一に相関することを可視化。波が電子を散乱する過程を、別々の場所の同時観測で一つの事件にした。
数十keVのオーロラから数MeVのオゾン変化まで、同じ波でつなぐ
脈動オーロラの発光だけでは、同時に降り込む見えない高エネルギー電子の量を直接決められない。このため研究チームは、あらせが測ったコーラス波をシミュレーションへ入力し、EISCATレーダーと光学観測の応答に重ねた。その結果、数十keVから数MeVまで3桁以上異なる電子が一斉に散乱され、より高エネルギー側は高度60 km付近の中間圏へ入り、窒素酸化物を介してオゾンを減らし得ると判明。2021年7月の公表で、放射線帯の波を地球大気の化学へ届く連鎖として示した。
04軌道
イプシロン投入直後の低い近地点を約460 kmまで上げ、遠地点約32,000 kmの科学観測軌道を確立。570分の一周ごとに放射線帯を横切り、他衛星・地上観測と同じ現象を挟み撃ちにする。
- 01投入軌道2016年12月20日、近地点約214 km・遠地点約32,250 kmへ投入。
- 02近地点上昇2017年1月7日までの軌道変更で、近地点約460 km・遠地点約32,110 kmを確立。
- 03放射線帯横断約570分の一方向周回で、粒子・磁場・波動を同じ場所と時刻で測る。
- 04同時観測他衛星と地上網が同じ時刻・磁力線領域を狙う短い窓を、日々の計画で合わせる。
05搭載機器
6つの粒子観測器が電子19 eV〜20 MeVとイオンを連続的に分担し、磁場・波動観測とS-WPIAがエネルギー交換の瞬間を結ぶ。
低エネルギー粒子
LEP-eは約19 eV〜19 keVの電子を測り、スピンによる視野掃引から3次元分布を得る。LEP-iは低エネルギーイオンを担当。
中間エネルギー粒子
電子とイオンを別々の分析器で測り、低エネルギーから放射線帯粒子へ続く分布を埋める。
高・超高エネルギー電子
HEPとXEPが放射線帯電子の高エネルギー側を分担し、電子スペクトルを約20 MeVまで延ばす。
磁場観測器
5 mマスト先端のフラックスゲート磁力計で、粒子運動と波動を規定するベクトル磁場を測る。
プラズマ波動実験
4本の15 mワイヤと5 mマストのサーチコイルを使い、電場・磁場波形をDCから20 kHz、電場スペクトルを高周波まで測る。
波動粒子相互作用解析
粒子の到来と波の位相を同じ高精度時刻で突き合わせ、両者の間で移ったエネルギーを衛星上で計算する。
06設計
約8秒で回るスピン衛星から、4本の15 mワイヤと対向する2本の5 mマストを展開。広い粒子エネルギー域と電磁波形を高精度時刻で結び、S-WPIAが波と粒子のエネルギー交換を直接計算する。
4本のワイヤと2本のマストを対称に展開
PWEの電場観測には4本の15 mワイヤアンテナを使い、MGFとPWEサーチコイルはそれぞれ5 mマスト先端へ置く。ワイヤは対ごとに、2本のマストも互いに向かい合って展開し、長さをそろえてスピン衛星の動的釣り合いを守った。
約8秒のスピンが粒子の方向分布を作る
スピン軸を太陽方向から概ね15°傾け、約8秒で一回転する。たとえばLEP-eの扇形視野は一回転で空間を掃引し、16のスピン位相方向から3次元の電子分布を復元する。スピンは姿勢安定だけでなく、観測方法そのものでもある。
19 eVから20 MeVまでを6観測器で分担
LEP-e/i、MEP-e/i、HEP、XEPは、一つの粒子が順番に通過する装置ではない。異なるエネルギー帯と粒子種を独立に受け持ち、重なりを持つスペクトルとして統合する。これにより熱的粒子から放射線帯の相対論的電子までを一機で追える。
S-WPIAだけが粒子と波を計算上で結ぶ
粒子分析器は到来時刻・エネルギー・方向を、MGFとPWEは磁場と電磁波形・位相を測る。S-WPIAは共通の高精度時刻を使って両者を照合し、波から粒子へ、あるいは粒子から波へ移ったエネルギーを衛星上で計算する。この関係は物理的な直列配線ではなく、同時データの相関演算である。
搭載記録と地上連携までが観測装置
高時間分解能の波形・粒子イベントは搭載処理で選別し、MDRへ記録して地上へ送る。ERG Science Centerは較正、姿勢、軌道、時刻を統合し、地上観測網や他衛星のデータと合わせる。局所の波動粒子相互作用を磁気圏全体の変化へ拡張する設計である。
08関連文献
設計と成果を検証できる論文・公式技術資料。
- あらせ 公式ミッションページ
- Epsilon 公式打上げ機資料
- 2016-080A spacecraft record

