// 三つの眼で地球を測る · 2006-002A
だいち
ALOS (DAICHI)
だいちは全球の地図作成、災害監視、資源・環境観測を光学とLバンドSARで両立することを目的に設計された地球観測ミッションである。東日本大震災直後まで緊急観測を続けたが、2011年4月22日に発電電力が急減して通信を喪失し、5月12日に運用終了が決まった。 成果だけでなく、設計判断と異常時の選択までを追うと、日本の宇宙開発が一機ごとの経験を次へ渡してきた道筋が見える。
01基本情報
運用史と機体仕様を、ミッションの読み解きに必要な単位で整理する。
| 打上げ日 | 2006-01-24現地表記は一次資料に準拠 |
|---|---|
| 国際標識番号 | 2006-002ACOSPAR ID |
| 打上げ機 | H-IIAロケット8号機H-IIA |
| 射場 | 種子島宇宙センター日本 |
| 質量 | 4000 kg打上げ時または公式代表値 |
| 近地点 | 692 km公式公称値 |
| 遠地点 | 692 km公式公称値 |
|---|---|
| 軌道傾斜角 | 98.16°赤道面基準 |
| 軌道周期 | 98.7分公称値 |
| 姿勢制御 | 三軸姿勢制御観測・通信の基準 |
| 外形 | 6.2×3.5×4.0 m、パドル展開幅22.2 m展開物を除く場合あり |
| 運用状態 | 終了(2011-05-12)公式機関の分類 |
02ミッション
全球の地図作成、災害監視、資源・環境観測を光学とLバンドSARで両立するという目標を、高度約692 kmの太陽同期準回帰軌道で、同じ地方時・幾何条件を反復し、全球を系統的に覆った。という軌道・運用条件の中で実現した。電力系の異常は三つの観測器と地上運用を同時に止め、単一のバス故障が多目的観測全体へ波及する集中搭載の弱点を示した。
問いを機体へ変える
だいちの出発点は、全球の地図作成、災害監視、資源・環境観測を光学とLバンドSARで両立するという、地上観測や短時間のロケット実験だけでは解けない問いだった。JERS-1のレーダーとADEOS系の光学観測を一機へ集約し、基盤地図へ使える幾何精度を狙った。 そこで計画は、観測器だけを宇宙へ運ぶのではなく、姿勢、時刻、電力、通信、較正を一つの測定系として成立させることを目標に置いた。衛星の価値は取得した信号の量ではなく、その信号がどの場所・条件で得られ、地上の研究者が再検証できるかで決まる。この考え方が機体構成、運用手順、データ公開までを貫き、だいちを同時代の一回限りの実験から、後続計画が参照できる宇宙システムへ変えた。
軌道が決めた観測の文法
高度約692 kmの太陽同期準回帰軌道で、同じ地方時・幾何条件を反復し、全球を系統的に覆った。 軌道は単なる所在地ではない。高度と傾斜角は観測対象を通過する頻度、日照と食、地上局との可視時間、放射線量を同時に決める。運用チームは一周ごとの電力収支とデータ量を読み、観測時間、姿勢変更、記録、送信を割り付けた。制約の多い周回を繰り返せる手順に変換したことが、単発の成功より重要だった。だいちの成果を読む際には、画像やスペクトルだけでなく、それを可能にした軌道上の待ち時間、較正観測、通信窓まで含めて一つの観測として捉える必要がある。
計画を変えた転機
東日本大震災直後まで緊急観測を続けたが、2011年4月22日に発電電力が急減して通信を喪失し、5月12日に運用終了が決まった。 この出来事は、当初計画を守ることより、残った能力で科学・技術目標を再構成する判断が重要であることを示した。地上側は状態量を照合し、仮説ごとに安全な確認手順を作り、観測側は欠測や性能変化を解析条件へ明記した。転機の後に得られたデータは、平常時の性能表だけでは説明できない運用知を含む。成功した機能と失われた機能を切り分け、優先順位を更新した過程そのものが、後続衛星の故障検知、冗長設計、運用規則に受け継がれた。
失敗と限界を記録する
電力系の異常は三つの観測器と地上運用を同時に止め、単一のバス故障が多目的観測全体へ波及する集中搭載の弱点を示した。 ここで重要なのは、結果を成功か失敗かの二語に畳まないことだ。原因が機器、電源、姿勢、推進、環境、運用のどこにあり、どの観測値がなお使えるかを分けて記録して初めて、次の設計判断へ接続できる。だいちでは、異常の前後でテレメトリと地上設備の記録を突き合わせ、運用可能な範囲を見極めた。到達できなかった目標も、想定が足りなかった境界条件を具体化したという意味で技術成果である。アーカイブでは華やかな成果と同じ重さでこの限界を置く。
データが残した発見
PRISMの立体視、AVNIR-2の多波長、PALSARの全天候観測を組み合わせ、全球標高、森林、海氷、地殻変動、災害情報を提供した。 観測の意味は、衛星単独の値ではなく、地上観測、他衛星、理論モデルと同じ時間軸へ置いたときに大きくなる。チームは較正値、姿勢情報、観測条件を合わせて解析し、個々のイベントから統計的な傾向へ議論を進めた。だいちが作ったデータ系列は、後年の再解析で新しい較正法やモデルを試す土台にもなった。ミッション終了は知識生産の終了ではなく、安定したデータ形式と一次資料が次の研究者へ渡る節目なのである。
後継機へ渡したもの
LバンドSARの連続性をALOS-2/4へ、広域光学地図の要求を後続へ渡し、国際災害チャータでの迅速観測を日本の定常業務にした。 継承されたのは部品の設計図だけではない。異常時にどの情報を先に確保するか、国際チームで時刻と較正をどう合わせるか、利用者へ品質情報をどう伝えるかという運用の作法も含まれる。後継機の性能向上は、だいちの不足を隠すのではなく、観測できなかった領域や壊れやすかった経路を要件へ書き直すことで生まれた。したがって本機は、完成した答えというより、次の衛星がより鋭い問いを立てるための基準点として評価すべきミッションである。
- 2006年・打上げ前最終設計と射場準備視線の異なる3本のPRISM光学系、可視近赤外センサー、巨大なPALSARアンテナを一つの高安定大型バスへ搭載した。という構成を確定し、機体と地上系を一つの運用手順として検証した。
- 2006-01-24打上げH-IIAロケット8号機で種子島宇宙センターから打ち上げられた。
- 2006-01-24軌道投入・初期捕捉2006-002Aとして追跡され、電源、通信、姿勢の初期確認へ移った。
- 初期運用期観測系の立上げ展開物、搭載機器、較正と地上処理を順に確認し、定常運用の観測手順を作った。
- 2011-04-22ミッションの転機東日本大震災直後まで緊急観測を続けたが、2011年4月22日に発電電力が急減して通信を喪失し、5月12日に運用終了が決まった。
- 2011-05-12運用の終点PRISMの立体視、AVNIR-2の多波長、PALSARの全天候観測を組み合わせ、全球標高、森林、海氷、地殻変動、災害情報を提供した。 運用終了後もデータと設計教訓が利用されている。
03エピソード
災害時に「撮る」だけでは足りない。画像を判断へ渡し、国際網を返してもらい、終端まで記録した。
衛星画像を背負い、霞が関まで自転車で運ぶ
2011年3月11日14時46分、東日本大震災が発生すると、JAXAは社内被害と交通・通信の混乱の中でALOSの緊急観測を準備した。新しい画像が届くまで待たず、当日中に震災前画像へ地理情報を重ねた「だいち防災マップ」も政府へ提供する。大手町の担当者には、大判印刷した衛星画像を背負い、深夜の霞が関へ自転車で届けた者もいた。宇宙から取得したデータは、最後の数キロを人が運んで初めて行政の状況判断へ接続された。
400シーンを送り、5000シーンが返ってきた
震災後、ALOSは国内を約400シーン撮像し、JAXAは解析結果を10府省・機関へ届けた。しかし一機だけでは広域を短時間に繰り返し覆えない。JAXAが平時から四川地震など海外災害へ画像を提供していたため、国際災害チャータとセンチネルアジアの各機関は日本へ約5000シーンを返した。自国衛星の観測幅と再訪周期という物理的限界を、過去に築いた国際的な相互提供で補い、単独機の緊急観測を多衛星の災害情報網へ拡張した。
最後の画像から三週間、送信機を止める
2011年4月22日、ALOSはアラスカやアフリカを観測した直後に発電電力が急減し、通信を失った。東日本大震災対応の最中だったため、JAXAは約三週間にわたり回復を試みたが、電力系の復旧と交信再開はできなかった。5月12日10時50分JST、送信機とバッテリーを停止するコマンドを送り、3年の設計寿命を越えた5年超の運用を終了。突然の沈黙を曖昧なまま残さず、最後の撮像時刻と停止判断を公開して後継機の電源・終端設計へ渡した。
04軌道・反復観測
地球半径と高度を同じ縮尺で描くと、691.65 km軌道は地表から薄い一層に見える。その薄い軌道を約100分で回り、46日ごとに同じ地表経路へ戻って三つの観測器を重ねた。
- 01分離 → 太陽電池展開H-IIA 8号機から分離し、日照を受ける姿勢と電源を確立した。
- 02DRC / PALSAR展開データ中継アンテナと約3×9 mのPALSARアンテナを順に展開した。
- 0346日回帰観測PRISM、AVNIR-2、PALSARを独立運用し、地図・土地被覆・地殻変動を同じ軌道から重ねた。
- 04災害緊急観測Sentinel Asiaなどへ画像を届け、東日本大震災では約400シーンを観測した。
- 05発電電力急減2011年4月22日に観測と通信が停止。約3週間、回復手段を試した。
- 06運用終了5月12日に送信機と電池を停止。地球へ降下させず、機体は軌道上に残った。
05搭載機器
観測目的を、実際に信号へ変えた機器群。
パンクロマチック立体視センサー
前方・直下・後方視で2.5 m級立体地形を取得。
高性能可視近赤外放射計2型
4バンドで土地被覆を10 m級観測。
フェーズドアレイ方式LバンドSAR
昼夜・天候を問わず地表を能動観測。
精密位置決定系
衛星軌道を高精度に決め画像の地理座標を支援。
06設計
約4 tの一機に、三方向立体視、4バンド光学、LバンドSARを載せた。三つの観測器は直列ではなく、精密な位置・姿勢情報を共有しながら、独立にミッションデータ処理系へ入る。
機体構成
視線の異なる3本のPRISM光学系、可視近赤外センサー、巨大なPALSARアンテナを一つの高安定大型バスへ搭載した。 構体は打上げ荷重を受ける骨格であると同時に、観測器の視野、アンテナの電波経路、放熱面の向きを決める基準でもある。機器を置ける空間だけでなく、組立・試験時に人が触れられる順序、軌道上で展開物が干渉しない離隔まで設計対象にした。この配置判断が、質量余裕の小さい衛星で観測性能と保守性を両立させた。
姿勢と指向
恒星センサー、GPS、精密姿勢制御で立体地図に必要な位置・姿勢精度を確保した。 観測器が求める指向精度と、太陽電池・アンテナが求める向きは常に同じではない。センサー、アクチュエータ、地上からの軌道予報を組み合わせ、観測中の微小な揺れと大きな姿勢変更を別の制御問題として扱った。異常時には安全姿勢へ移れることも性能の一部であり、制御則の余裕は取得画像の鋭さと機体生存の双方を支えた。
電力と熱
大面積パドルでSAR送信時の大電力を供給した。 日照中に得た電力を観測、記録、通信へ配り、食では蓄電池へ依存するため、平均値だけでなく一周内のピーク負荷が重要になる。光学ベンチの幾何安定とSAR電子系の発熱を別の熱経路で管理した。 ヒーター、断熱材、放熱面と運用時間帯を一体で決め、温度変化が検出器の雑音や構体の変形へ回り込むのを抑えた。電力・熱設計は見えにくいが、測定値の再現性を守る基盤だった。
通信とデータ
高速直接送信とデータ中継衛星を使い、緊急観測データを地上へ戻した。 限られた地上局可視時間に、状態監視、コマンド確認、観測データを競合させず流す必要があった。搭載記録、圧縮、優先順位付けを使い、通信が途切れても観測系列が意味を失わない単位で保存した。地上系では受信時刻、欠損、処理版を残し、後日の再処理でも同じ一次データへ戻れるようにした。衛星と地上を合わせて初めて一つの観測装置になる。
冗長性と教訓
三方式のセンサーは雲・夜・地形条件を相互補完したが、共通電力バスの喪失には観測冗長性が効かなかった。 冗長化は同じ機器を二つ積むだけではなく、故障が波及しない電源分離、別経路の姿勢推定、地上で書き換えられる手順をどう配分するかという判断である。質量と電力が限られるため、すべてを二重化することはできない。だいちは、失うと即座に任務全体が終わる機能と、性能を落として継続できる機能を区別し、その境界を実運用で検証した。
07写真・図版
実機と観測成果を、出典・ライセンスとともに確認する。


08関連文献
設計と成果を検証できる論文・公式技術資料。
- だいち 公式ミッションページ
- H-IIA 公式打上げ機資料
- 2006-002A spacecraft record