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// 地球の呼吸を宇宙から測る · 2009-002A

いぶき
IBUKI (GOSAT)

いぶきは全球の二酸化炭素とメタンのカラム濃度を高分解能分光し、吸収・排出量推定を改善することを目的に設計された温室効果ガス観測ミッションである。雲・エアロゾルで使えない観測をCAIで選別し、地上TCCONとの比較でバイアスを補正することで、微小な濃度差を炭素収支へ使える品質へ高めた。 成果だけでなく、設計判断と異常時の選択までを追うと、日本の宇宙開発が一機ごとの経験を次へ渡してきた道筋が見える。

1750
公式代表質量(kg)
667
代表軌道高度(km)
98
軌道周期(分)
運用中🇯🇵 JAXA/環境省/国立環境研究所温室効果ガス観測

01基本情報

運用史と機体仕様を、ミッションの読み解きに必要な単位で整理する。

打上げ日2009-01-23現地表記は一次資料に準拠
国際標識番号2009-002ACOSPAR ID
打上げ機H-IIAロケット15号機H-IIA
射場種子島宇宙センター日本
質量1750 kg打上げ時または公式代表値
近地点667 km公式公称値
遠地点667 km公式公称値
軌道傾斜角98°赤道面基準
軌道周期98分公称値
姿勢制御三軸姿勢制御観測・通信の基準
外形3.7×1.8×2.0 m、パドル展開幅13.7 m展開物を除く場合あり
運用状態運用中公式機関の分類

02ミッション

全球の二酸化炭素とメタンのカラム濃度を高分解能分光し、吸収・排出量推定を改善するという目標を、高度約667 kmの太陽同期軌道を約98分で周回し、約3日ごとに全球の観測点を選んで分光した。という軌道・運用条件の中で実現した。単一視線の分光値は雲、薄いエアロゾル、地表反射、分光器特性に敏感で、取得数より品質選別と継続較正が支配的な制約になった。

問いを機体へ変える

いぶきの出発点は、全球の二酸化炭素とメタンのカラム濃度を高分解能分光し、吸収・排出量推定を改善するという、地上観測や短時間のロケット実験だけでは解けない問いだった。地上観測点が少ない海洋・熱帯・発展途上地域を含め、温室効果ガスを均質に比較する世界初期の専用衛星だった。 そこで計画は、観測器だけを宇宙へ運ぶのではなく、姿勢、時刻、電力、通信、較正を一つの測定系として成立させることを目標に置いた。衛星の価値は取得した信号の量ではなく、その信号がどの場所・条件で得られ、地上の研究者が再検証できるかで決まる。この考え方が機体構成、運用手順、データ公開までを貫き、いぶきを同時代の一回限りの実験から、後続計画が参照できる宇宙システムへ変えた。

軌道が決めた観測の文法

高度約667 kmの太陽同期軌道を約98分で周回し、約3日ごとに全球の観測点を選んで分光した。 軌道は単なる所在地ではない。高度と傾斜角は観測対象を通過する頻度、日照と食、地上局との可視時間、放射線量を同時に決める。運用チームは一周ごとの電力収支とデータ量を読み、観測時間、姿勢変更、記録、送信を割り付けた。制約の多い周回を繰り返せる手順に変換したことが、単発の成功より重要だった。いぶきの成果を読む際には、画像やスペクトルだけでなく、それを可能にした軌道上の待ち時間、較正観測、通信窓まで含めて一つの観測として捉える必要がある。

計画を変えた転機

雲・エアロゾルで使えない観測をCAIで選別し、地上TCCONとの比較でバイアスを補正することで、微小な濃度差を炭素収支へ使える品質へ高めた。 この出来事は、当初計画を守ることより、残った能力で科学・技術目標を再構成する判断が重要であることを示した。地上側は状態量を照合し、仮説ごとに安全な確認手順を作り、観測側は欠測や性能変化を解析条件へ明記した。転機の後に得られたデータは、平常時の性能表だけでは説明できない運用知を含む。成功した機能と失われた機能を切り分け、優先順位を更新した過程そのものが、後続衛星の故障検知、冗長設計、運用規則に受け継がれた。

失敗と限界を記録する

単一視線の分光値は雲、薄いエアロゾル、地表反射、分光器特性に敏感で、取得数より品質選別と継続較正が支配的な制約になった。 ここで重要なのは、結果を成功か失敗かの二語に畳まないことだ。原因が機器、電源、姿勢、推進、環境、運用のどこにあり、どの観測値がなお使えるかを分けて記録して初めて、次の設計判断へ接続できる。いぶきでは、異常の前後でテレメトリと地上設備の記録を突き合わせ、運用可能な範囲を見極めた。到達できなかった目標も、想定が足りなかった境界条件を具体化したという意味で技術成果である。アーカイブでは華やかな成果と同じ重さでこの限界を置く。

データが残した発見

CO2・CH4の地域差、季節変動、年増加を長期観測し、全球・地域の吸収排出量推定精度向上へデータを供給した。 観測の意味は、衛星単独の値ではなく、地上観測、他衛星、理論モデルと同じ時間軸へ置いたときに大きくなる。チームは較正値、姿勢情報、観測条件を合わせて解析し、個々のイベントから統計的な傾向へ議論を進めた。いぶきが作ったデータ系列は、後年の再解析で新しい較正法やモデルを試す土台にもなった。ミッション終了は知識生産の終了ではなく、安定したデータ形式と一次資料が次の研究者へ渡る節目なのである。

後継機へ渡したもの

衛星温室効果ガス観測の検証標準と長期系列をGOSAT-2、GOSAT-GWへ渡し、後期運用でも観測を継続する。 継承されたのは部品の設計図だけではない。異常時にどの情報を先に確保するか、国際チームで時刻と較正をどう合わせるか、利用者へ品質情報をどう伝えるかという運用の作法も含まれる。後継機の性能向上は、いぶきの不足を隠すのではなく、観測できなかった領域や壊れやすかった経路を要件へ書き直すことで生まれた。したがって本機は、完成した答えというより、次の衛星がより鋭い問いを立てるための基準点として評価すべきミッションである。

  1. 2009年・打上げ前
    最終設計と射場準備
    フーリエ変換分光器TANSO-FTSと雲・エアロゾルイメージャTANSO-CAIを同じ視線計画で使った。という構成を確定し、機体と地上系を一つの運用手順として検証した。
  2. 2009-01-23
    打上げ
    H-IIAロケット15号機で種子島宇宙センターから打ち上げられた。
  3. 2009-01-23
    軌道投入・初期捕捉
    2009-002Aとして追跡され、電源、通信、姿勢の初期確認へ移った。
  4. 初期運用期
    観測系の立上げ
    展開物、搭載機器、較正と地上処理を順に確認し、定常運用の観測手順を作った。
  5. 2009年・定常観測開始
    ミッションの転機
    雲・エアロゾルで使えない観測をCAIで選別し、地上TCCONとの比較でバイアスを補正することで、微小な濃度差を炭素収支へ使える品質へ高めた。
  6. 運用継続中
    後期運用
    CO2・CH4の地域差、季節変動、年増加を長期観測し、全球・地域の吸収排出量推定精度向上へデータを供給した。 現在も後期運用で観測とデータ公開を続ける。

03エピソード

数字だけでは見えない判断、危機、発見の瞬間を一次資料と結び直す。

都市の上昇分だけを、植物と火災のCO₂から引き算する

JAXA・NIES・環境省は2009年6月〜2012年12月の「いぶき」観測を使い、2014年12月5日に大都市域の人為起源CO₂濃度を公表した。衛星が測るカラム量には化石燃料だけでなく、植物の吸収・呼吸、森林火災、海洋交換も混ざる。そこで夜間光、発電所データ、排出inventory、輸送modelから汚染域を分類し、周辺平均と自然起源成分を差し引いた。1度格子でLos Angeles最大4.5 ppm、中国北東部3.8 ppmなどを得て、点の濃度観測を都市排出の検証手段へ進めた。

地上の400 ppmではなく、高度70 kmまでの平均で越える

2016年5月20日、JAXA・NIES・環境省は「いぶき」が測った全大気の月平均CO₂濃度が2015年12月に400.2 ppm、2016年1月に401.1 ppmへ達したと発表した。地上局では先に400 ppm超が報告されていたが、衛星の値は地表から約70 kmまでの柱全体を平均するため同じ数字ではない。2009年5月から約7年の分光データへ系統bias補正と季節成分の分離を適用し、表面だけでなく大気全層で増加していると確認。単発の濃度地図を、全球の長期変化を比較できる共通の物差しへ変えた。

04軌道

高度約667 kmの太陽同期軌道を約98分で周回し、約3日ごとに全球の観測点を選んで分光した。

いぶき / 軌道・航路概念図 地球 距離・天体サイズは経路理解のため模式化
  1. 01投入H-IIAロケット15号機から分離し、地上局が初期捕捉する。
  2. 02確立姿勢と電力を安定させ、軌道要素を確定する。
  3. 03定常観測、記録、送信を軌道周期に合わせて反復する。
  4. 04後期機器状態を評価しながら後期運用を継続する。
主航路・運用軌道探査機マーカー概念図。正確な軌道要素は基本情報と出典を参照。

05搭載機器

観測目的を、実際に信号へ変えた機器群。

TANSO-FTS/SWIR

短波長赤外フーリエ変換分光部

太陽反射光からCO2・CH4のカラム量を測定。

TANSO-FTS/TIR

熱赤外フーリエ変換分光部

大気熱放射から高度感度をもつガス情報を取得。

TANSO-CAI

雲・エアロゾルイメージャ

FTS視線周辺の雲・エアロゾルを判定。

PM

ポインティング機構

分光視線を地上目標へ選択的に向ける。

06設計 — 実機の外形と搭載位置

13.7 mの双翼と縦長バス、その地球指向面に並ぶTANSO-FTSとTANSO-CAIを公式機体図に沿って読む。

いぶきGOSATの機体外形と搭載位置左右の太陽電池パドル、縦長の衛星バス、地球指向面のTANSO-FTSとTANSO-CAI、通信アンテナを示す。 GOSAT / IBUKI — PHYSICAL LAYOUT+Z地球指向面を手前にした運用時展開 太陽電池パドル両翼端間 13.7 m / 終期3.8 kW TANKTANKMDP TANSO-FTS二軸ポインティング鏡CT ±35° / AT ±20°TANSO-CAI4バンド・3望遠鏡のプッシュブルーム SバンドTT&CXバンド直接伝送 バス 3.7 × 1.8 × 2.0 m / 1,750 kg+X飛行方向・+Z地球方向を三軸制御で保持狭視野のFTS + 広視野のCAI同じ地表を気体吸収線と雲・エアロゾル像で照合

二つの視野を同じ地球指向面へ

いぶきの縦長バスは、+Z面を地球へ向け、左右の太陽電池パドルで13.7 mに広がる。TANSO-FTSは二軸鏡で観測点・サングリント・校正方向へ視線を振り、TANSO-CAIは三望遠鏡の広い走査幅で同じ領域の雲とエアロゾルを判定する。狭い分光視野と広い画像視野が、機体上でも隣り合う配置である。

08関連文献

設計と成果を検証できる論文・公式技術資料。

  • いぶき 公式ミッションページ
    JAXA/環境省/国立環境研究所・機体諸元、運用、成果 · 一次資料
  • H-IIA 公式打上げ機資料
    JAXA/ISAS・打上げシステムと記録 · 一次資料
  • 2009-002A spacecraft record
    NASA NSSDCA・国際標識番号と軌道記録 · 一次資料