// 宇宙から全球風プロファイルを初めて直接測った紫外線lidar · 2018-066A
Aeolus
Aeolus
AeolusはALADIN紫外線Doppler lidarで雲のない大気とエアロゾル・雲の双方から風の鉛直分布を測った。予報精度を実運用で改善し、2023年には世界初の支援付き再突入で使命を閉じた。
01基本情報
運用史と機体仕様を、ミッションの読み解きに必要な単位で整理する。
| 打上げ日 | 2018-08-22UTC基準の日付 |
|---|---|
| COSPAR ID | 2018-066A国際標識番号 |
| 打上げ機 | Vega VV12ミッション投入に使用 |
| 射場 | Guiana Space Centre ELV打上げ地点 |
| 打上げ質量 | 1360 kg公式公表値または代表値 |
| 軌道 | 高度約320 kmの太陽同期軌道低高度でlidar信号を確保、終盤は再突入へ降下 |
| 公転・周回周期 | 約90分1日約16周 |
|---|---|
| 軌道傾斜角 | 96.7°夕方側太陽同期 |
| 設計寿命 | 3年約4年11か月運用 |
| 運用状態 | 運用終了2023年7月28日に南極上空で再突入 |
| 主目的 | 全球の水平風成分を地表から成層圏下部までDoppler lidarで直接測定一次資料に基づく要約 |
| データ・通信 | ALADIN高率データ、X帯downlink、地上気象処理・同化数値予報機関へ準リアルタイム提供 |
02ミッション
風を追う雲や気球ではなく、レーザー光のDoppler shiftから全球の風を直接測るという長年の難題を運用データへ変えた。
目的を測定へ
この段階の核心は、全球の水平風成分を地表から成層圏下部までDoppler lidarで直接測定を「一度だけ成功させる実験」ではなく、検証可能な観測・運用手順へ変換したことにある。ALADINは355 nm紫外線を大気へ送り、分子Rayleigh散乱と粒子Mie散乱を別受信器で分析した。ここで重要なのは結果だけではない。姿勢、時刻、軌道、校正、通信状態を同時に記録し、地上側が別の観測や計算と突き合わせられる形にしたため、後続計画は成功条件と失敗条件の双方を具体的に学べた。
初期運用
Aeolusが切り開いたのは、単純な性能競争ではなく、測定系全体の信頼性を設計する考え方だった。視線方向Doppler shiftから風速を求め、地上から約30 kmまでの鉛直プロファイルを作った。得られたデータは装置固有の癖や軌道による偏りを含むため、運用班と解析班は較正履歴を残し、観測できなかった領域まで明示した。その慎重さが、短い運用期間の成果も長期記録へ接続できる理由になった。
転機への対応
転機は、計画書どおりに進まない状況で優先順位を組み替えた点にある。主レーザーの出力低下を受け2019年に予備レーザーへ切り替え、その後の科学運用を維持した。限られた電力、推進剤、通信時間、熱余裕のどれを守るかは科学価値と機体寿命の交換条件だった。チームは安全側に倒すだけでなく、どの測定を残せば目的の中核を保てるかを判断し、運用変更そのものを次世代の設計資料にした。
成果の確定
全球の水平風成分を地表から成層圏下部までDoppler lidarで直接測定という目標は、単独のセンサーだけでは成立しない。欧州中期予報センターECMWFは2020年1月からAeolusデータを数値予報へ同化し予報改善を確認した。軌道決定、姿勢推定、時刻同期、地上局、処理ソフト、公開アーカイブが一つの測定器として働いて初めて、数値に物理的な意味が生まれる。Aeolusは、この連鎖のどこか一つが弱ければ全体の精度が失われることを、成果とトラブルの両方で示した。
記録の継承
科学的な価値は、最初の発見だけで決まらなかった。約5年で70億回以上の紫外線パルスを送信し、設計寿命を超えて風・エアロゾルを観測した。同じ条件で繰り返した観測、別装置との比較、後年の再処理によって、当初は背景雑音に見えた信号にも新しい意味が与えられた。一次データと校正情報を保存した判断は、計画終了後も研究を更新できる「時間を越える観測装置」を残した。
次世代への遺産
Aeolusの遺産は、成功を神話化することではなく、制約を公開可能な知識へ変えた点にある。燃料枯渇前に軌道を320 kmから120 kmへ段階的に下げ、2023年7月28日に南極上空で支援付き再突入した。達成できた項目、断念した項目、故障後に残った能力を分けて記録することで、後継機は単なる大型化を避け、必要な冗長性、観測帯域、軌道、運用自動化を選び直せた。現在の標準的な手法の多くは、この具体的な試行錯誤の上にある。
- 1999風lidar構想ESA Earth Explorer候補として直接風観測を提案。
- 2002実施選定高出力紫外線lidarの長期開発を開始。
- 2018-08-22打上げVegaで約320 km太陽同期軌道へ。
- 2019-06予備レーザーへ主系出力低下後、FM-Bレーザーで観測を継続。
- 2020-01ECMWF同化全球数値天気予報の運用入力へ採用。
- 2023-04科学観測終盤燃料寿命に合わせ最終データ取得。
- 2023-07軌道降下複数噴射で320 kmから120 kmへ誘導。
- 2023-07-28再突入南極上空で大気圏へ入り機体の大部分が燃焼。
03エピソード
観測値が予報へ届くまでの故障、補正、そして「設計されていない帰り道」を追う。
十億回を越えたレーザーを予備系へ渡す
2019年6月、ALADINの第1レーザーFM-Aは、約10億回のパルスを放った後に出力が下がり、風データの品質を保てない水準へ近づいた。ESAは装置を止めて温存するのではなく、地上試験で用意していたFM-Bへ切り替える判断を下す。7月23日の報告時には新系が安定した高出力を示し、単なる予備品だったレーザーが、その後の予報利用と設計寿命超過運用を支える主役になった。
0.1℃の鏡の温度差を、風速の誤差から引き剥がす
打上げ後、Aeolusの風には小さな系統偏差が見つかった。ECMWF、ESA、DLRなどのチームは、直径1.5 mの望遠鏡鏡面に生じる温度分布と偏差が連動し、温度差0.1℃の変化が風速偏差約5 m/sに相当すると突き止めた。軌道上で常時計測している温度を補正へ使い、2020年1月9日、ECMWFは打上げ16か月後という異例の早さでデータを現業予報へ投入。南半球と熱帯の予報改善へつないだ。
1990年代設計の機体に、最後の一週間で帰路をつくる
Aeolusは現行の廃棄規則がなかった1990年代後半に設計され、制御再突入を前提としていなかった。2023年7月、ESAの運用・飛行力学・デブリ担当は、残燃料で高度320 kmから120 kmまで段階的に軌道を下げ、破片が残る場合も大西洋側の地上軌跡へ寄せる支援付き再突入を試みた。機体が想定しない複雑な噴射列は成功し、7月28日約21時CEST、南極上空で再突入。自然落下より小さいリスクを選ぶ初の実例になった。
04軌道
320 kmの薄明太陽同期軌道を約90分で周回し、夜側から風を測定。任務終盤は残推進剤で近地点を段階的に下げ、約120 kmから大気圏へ入った。
- 01320 km薄明軌道06:00・18:00地方時の太陽同期軌道を約90分で周回し、7日で全球を反復した。
- 0235°視線で測風軌道面から35°外した夜側視線へ355 nmを送信し、東西水平風成分の鉛直分布を得た。
- 03280 kmから段階降下2023年7月24日以降の複数噴射で、近地点を250、230、150 kmへ段階的に下げた。
- 04120 km → 再突入最終噴射系列後に電源を切り、南極上空で大気圏へ再突入。落下経路を人口の少ない大西洋ground trackへ寄せた。
05搭載機器
観測目的を、実際に信号へ変えた機器群。
Atmospheric Laser Doppler Instrument
355 nm Doppler lidarで風の鉛直分布を測定。
Rayleigh Receiver
分子散乱のDoppler shiftからclear-air風を取得。
Mie Receiver
雲・エアロゾル散乱から粒子域の風を取得。
High-Power UV Laser Transmitter
355 nmパルスを大気へ送信、予備系へ切替可能。
1.5 m-class Telescope
微弱な後方散乱を二受信器へ集光。
06設計
一台のALADINが、紫外線の送信、散乱光の回収、分子と粒子の分光、風速プロファイルの生成までを担う。機体はその光学精度を電力・熱・姿勢・通信の四系統で支えた。
一台のライダーで風を測る
ALADINは波長355 nmの紫外線を毎秒50発送信し、約35°斜め下に向けた。分子、雲、エアロゾルから返る光を口径1.5 mの望遠鏡で集め、送信時と受信時の周波数差から視線方向の風速を得る。戻り光は極端に弱いため、少なくとも20回分を積算して一つの観測へまとめた。約320 kmという低い軌道は信号を強め、90分ごとの周回と7日周期の地表反復が全球の風分布を組み立てた。観測視線を軌道面から外し、地球の夜側を主な測定区間にすることで、太陽光背景を抑えながら緯度ごとの風を一貫した幾何で読んだ。
分子と粒子を別々に読む
大気から戻った光は受信光学ベンチで二系統へ分かれる。Rayleigh受信器は分子の熱運動で広がったスペクトルを二重エッジFabry–Pérot干渉計で捉え、晴天空の風を測る。Mie受信器は雲・エアロゾルの狭いスペクトルをFizeau干渉計で捉える。両者は同じ望遠鏡が集めた光を分岐後に並行解析する、相補的な受信器である。位置、姿勢、時刻、温度、レーザー周波数を補助データとして合わせ、地上処理が高度ごとの視線方向風速と品質情報を生成した。この構成により、清浄な空気と粒子を含む大気のどちらからも使える観測を取り出した。
レーザーを宇宙で保つ
高出力紫外線は微量の有機汚染を光学面へ焼き付け、透過率を落とす。材料選定、洗浄、組立時の清浄管理に加え、機器内へ少量の酸素を保つ方式で炭素堆積を抑えた。送信器には飛行モデルAとBがあり、2019年にはバックアップ側へ切り替えて観測を継続した。光学ベンチと望遠鏡の温度変形、レーザー周波数、視線角のずれは、そのまま風速誤差になる。そこで熱制御、星追跡器、リアクションホイール、軌道決定は観測装置と一体で較正され、テレメトリから各観測の信頼度を追えるようにした。
低軌道を支える衛星バス
打上げ時質量1360 kgの機体には推進剤266 kgを搭載した。太陽電池翼は2×3枚で約2.4 kWを供給し、84 Ahのリチウムイオン電池が食をまたぐ。電力系は高出力レーザーのパルス運転を受け止め、姿勢制御系は35°の視線を保ち、推進系は大気抵抗の大きい低軌道を維持した。科学データはXバンド、指令と状態監視はSバンドに分担し、各系統の状態を独立に監視した。センサー、電源、熱、姿勢、推進、通信がそれぞれ役割を持ち、ALADINの測定条件を同時に成立させた。
予報利用と最終運用
地上系では各パルスの時刻と位置、Rayleigh・Mie双方の応答、雲や信号強度の品質フラグを結び、数値予報で同化できる風プロファイルへ変換した。運用終了時には残った推進剤を使い、約320 kmから250 km、150 km、最終的に近地点約120 kmへ段階的に降下した。最後の噴射系列は大西洋上を通る地上軌跡へ再突入地点を寄せ、2023年7月28日に南極上空で大気圏へ入った。観測から終端まで、光学性能だけでなく軌道・燃料・地上処理を同じシステムとして扱った設計だった。
07写真・図版
実機と観測成果を、出典・ライセンスとともに確認する。


08関連文献
設計と成果を検証できる論文・公式技術資料。
- Aeolus ミッション概要
- Aeolus 宇宙機カタログ
- Aeolus 技術・運用資料