// 黄道面を離れて太陽の両極を測った探査機 · 1990-090B
ユリシーズ
Ulysses
木星重力を使って黄道面から大きく離れ、太陽の北極・南極を初めてその場観測。太陽風が緯度でどう変わるかを立体化した。
01基本情報
運用史と機体仕様を、ミッションの読み解きに必要な単位で整理する。
| 打上げ | 1990-10-06UTC基準の公式記録 |
|---|---|
| 識別符号 | 1990-090BCOSPAR国際識別符号 |
| 打上げ機 | Space Shuttle Discovery STS-41 / IUS / PAM-S上段を含むミッション表記 |
| 射場 | Kennedy Space Center LC-39B発射施設 |
| 運用主体 | ESA / NASA欧州・アメリカ |
| 主対象 | 太陽極域・太陽圏太陽圏探査 |
|---|---|
| 機体構成 | スピン安定バスに長い磁場・電波アンテナと粒子計測器を搭載観測と飛行を統合した構成 |
| 電力・熱 | GPHS-RTG 1基で遠日点を含む全軌道へ給電環境条件に合わせた供給方式 |
| 通信 | X/Sバンド高利得アンテナをESA・NASA地上局で受信地球とのデータリンク |
| 最終状態 | 2009年に送信停止、太陽極軌道を周回継続ミッション終了 |
02ミッション
地球から打ち上げるだけでは到達しにくい高傾斜軌道を、木星フライバイで90度近く曲げるという発想が太陽極探査を可能にした。
なぜこの旅が必要だったか
黄道面付近に偏っていた観測を三次元へ広げ、太陽風、磁場、宇宙線が緯度と太陽周期でどう変わるかを測ることが目的だった。ユリシーズは、地球近傍からでは得にくい太陽の緯度・距離・時間変化を、探査機自身が異なる観測点へ移ることで測る任務だった。遠隔画像を主目的にせず、探査機を通過する磁場、プラズマ、粒子、電波を軌道位置と結び付け、太陽活動と太陽圏構造を直接比較できる時系列へした。
計画を変えた難所
シャトルから放出後、IUSとPAM-Sで当時最速級の地球脱出を実施。木星通過時は放射線と帯電環境を耐え抜いた。ユリシーズの転機では、太陽への接近または極域通過に必要な軌道を保ちながら、熱、放射線、姿勢、通信の制約を同時に守った。地上からの介入が間に合わない変化には自動保護を使い、観測を止める条件と再開する条件を事前に定めることで、機体保全と一度きりの通過を両立させた。
観測が書き換えた像
太陽活動極小期に高緯度の高速太陽風が広く安定し、活動極大期には緯度構造が複雑化する様子を複数周回で比較した。主要な証拠は、磁場、太陽風プラズマ、高エネルギー粒子、電波・波動などの現場測定である。ユリシーズでは、各値を探査機の距離、緯度、速度、太陽活動時刻と結び付け、局所的な乱れと広域構造を区別した。異なる周回や接近を同じ基準で比較することが、単発のピーク値より重要だった。
運用というもう一つの探査
電力低下で燃料管加熱と送信を同時に続けにくくなり、地上局割当てと機器休止を組み替えて18年以上運用した。ユリシーズは、観測窓のたびに装置モード、姿勢、データ率を組み直し、通過後に記録を再生して次の接近条件へ反映した。運用終了後も、複数の太陽活動周期をまたぐ時系列が、他の太陽観測機との比較に使われている。
残された設計思想
太陽を平面図で見る限界を示し、Solar Orbiterなど高緯度観測を目指す後続計画の科学要求を具体化した。ユリシーズの遺産は、太陽を遠方から眺めるだけでなく、軌道そのものを観測装置の一部として使ったことにある。熱防護または遠日点電力、通信、姿勢制御の限界を明示しながら、位置の異なる現場測定を一つの太陽圏像へ統合した。その手順と較正記録が、後続の太陽・宇宙天気研究を接続している。この経緯を通して見ると、ユリシーズの評価軸は最終到達点だけではない。1992-02-08の「木星フライバイ」と2009-06-30の「運用終了」を結ぶことで、途中の判断が成功条件、失敗条件、取得できた記録の範囲をどう変えたかを追える。最終状態が「2009年に送信停止、太陽極軌道を周回継続」であっても、保存された任務記録は後続計画の要求値、試験項目、異常時手順を具体化する一次資料として働き続ける。太陽圏の現場測定は、探査機がいた位置と太陽活動の時刻を失うと比較できない。通過ごとの軌道、姿勢、装置モード、較正をそろえ、地球近傍や別探査機の同時観測と結ぶことで、局所的な変動と太陽から広がる構造を分けられる。反復通過の記録が、単一機を太陽圏全体の観測網へ組み込んだ。
- 1990-10-06打上げSTS-41から放出され木星遷移へ。
- 1992-02-08木星フライバイ重力で黄道面から大きく軌道を傾けた。
- 1994-09-13南極通過初の太陽南極域その場観測を開始。
- 1995-06-19北極通過太陽北極域を初めて横断観測。
- 2000-2001活動極大期観測第2回極域通過で太陽周期差を比較。
- 2009-06-30運用終了地上から送信機停止コマンドを実行。
03開発・運用エピソード
数字だけでは見えない判断、危機、発見の瞬間を一次資料と結び直す。
木星を曲がり角にし、燃料で買えない80.2度を得る
太陽の極を直接測るには黄道面から大きく外れる必要があるが、1990年10月6日にDiscoveryから放出した371 kgのUlyssesだけで約80度の軌道傾斜を作る推進剤は運べなかった。ESAとNASAはIUS/PAM-Sで当時最高の約15.4 km/s地球脱出速度を与え、1992年2月8日に木星から約378,400 kmを通過させた。木星の重力で進行方向を黄道面の下へ折り、太陽赤道に対して80.2度、周期6.2年の軌道へ投入。1994年南極、1995年北極を燃焼なしで順に横切った。
同じ極を極小期と極大期に渡り、単純な二帯構造を崩す
Ulyssesの最初の極通過は太陽活動極小期の1994~1995年で、高緯度に約750 km/sのほぼ一定な高速solar windが広がり、赤道付近の遅く変動する風と分かれる構造が見えた。これが恒常的か確かめるには一回の地図では足りないため、teamは6.2年軌道を維持して2000~2001年の活動極大期にも南北を再走査した。二回目には緯度構造が複雑化し、低緯度由来の粒子が高緯度へ達することも判明。極と赤道を固定領域ではなく太陽cycleで入れ替わる環境として捉え直した。
凍るhydrazineを二時間ごとに動かし、予想終端から一年を足す
2008年、UlyssesのRTG出力低下でheater電力が足りず、遠日点へ向かう低温下でhydrazine配管が凍れば高利得antennaを地球へ向けられなくなると予測された。単に科学装置を止めても温度を守れないため、ESA/NASA運用班は短いthruster burnを約2時間ごとに行い、燃料を配管内で循環させる即席手順を採った。凍結は予想した7月に起きず、約12か月の科学観測を追加。18.6年後の2009年6月30日、制御不能を待たず最後のcommandで送信をmonitor-onlyへ切り替えた。
04軌道
木星で軌道面を曲げ、約6年周期で南北の太陽極域を通過する高傾斜太陽周回軌道。
- 01地球脱出高傾斜の太陽観測軌道を目指して出発。
- 02木星重力アシスト木星重力で黄道面から約80度立ち上がる。
- 03太陽南極通過黄道外から太陽風と磁場を観測。
- 04太陽北極通過南北を結ぶ極域観測サイクルを完成。
05搭載機器
観測目的を、実際に信号へ変えた機器群。
Vector Helium / Fluxgate Magnetometer
惑星間磁場ベクトルを測定。
Solar Wind Observations Over the Poles of the Sun
太陽風イオン・電子の速度と組成を測定。
Cosmic Ray and Solar Particle Investigation
宇宙線と太陽高エネルギー粒子を計測。
Unified Radio and Plasma Wave Experiment
電波放射とプラズマ波を観測。
06設計 — スピン軸と放射状ブーム
太陽電池翼を持たず、RTGを長い径方向ブームの先へ置く。1.65 mアンテナをスピン軸に通し、長大な電波・プラズマ観測アンテナを交差させた。
回転する中心と、測るために離した先端
ユリシーズは機体を回転させて姿勢を安定させるため、地球通信用アンテナを回転軸上へ置いた。木星距離で太陽電池に頼れない電力はRTGが担い、その熱と放射の影響を抑えるため径方向ブームの先へ離している。さらに72 mのワイヤアンテナと軸方向ブームが機体を横切り、電波・プラズマ波や磁場を機体ノイズから遠ざけて測る。十字に伸びる外形は、スピン安定と低干渉観測の両方から決まった。
07写真・図版
実機と観測成果を、出典・ライセンスとともに確認する。


08関連文献
設計と成果を検証できる論文・公式技術資料。
- Ulysses — official mission record
- Ulysses — Master Catalog
- Beyond Earth: A Chronicle of Deep Space Exploration