// 火星・フォボス探査 · 1988-059A
フォボス2号
Phobos 2
火星捕獲からフォボス準同期へ。表面パッケージ放出の直前まで進み、191 kmから残した画像が最後の接近記録になった。
01基本情報
捕獲軌道と最終運用段階を混同しないため、飛行記録で確認できる値を局面ごとに示す。
| 開発・運用 | NPO Lavochkin / IKI・国際観測班 |
|---|---|
| 打ち上げ | 1988年7月12日 17:01:43 UT Baikonur |
| ロケット | Proton-K / Blok D-2 |
| 国際標識 | 1988-059A |
| 運用終了 | 1989年3月27日 通信喪失 |
| 打上げ時質量 | 6,220 kg |
|---|---|
| 初期火星軌道 | 819 × 81,214 km / 傾斜角1.5° |
| 円軌道 | 火星中心から約9,600 km / 約8時間 |
| 最終撮像 | 1989年3月25日 / フォボスから191 km |
| 表面機 | 長寿命着陸機 + 110 kgホッパー(未放出) |
02ミッション
フォボスを回る探査機ではない。火星を回りながら、フォボスとほぼ同じ周期へ合わせて相対速度を小さくする任務だった。
火星捕獲から準同期へ
フォボス2号は1989年1月29日、主エンジン噴射で819 × 81,214 kmの火星楕円軌道へ入った。続く4回の軌道修正で低高度側を持つ楕円軌道、約8時間の円軌道を経て、フォボスの運動に近い準同期条件へ移った。探査機がフォボスの重力に捕獲されたわけではない。
三度の撮像が接近を刻んだ
高解像度撮像は2月23日に860 km、2月28日に320 km、3月25日に191 kmの距離で行われた。最終段階ではさらに近づいて長寿命着陸機とホッパーを放出する計画だったが、3月27日の通信喪失により、4月4–5日に予定された表面機放出には到達しなかった。
観測機器と姿勢が一体だった
VSK撮像系、KRFM・ISM分光器、Termoskan放射計は機体の観測側へまとめられ、スキャン台を持たず、機体そのものを火星やフォボスへ向けた。3,600 kgを占める推進システムは大きな軌道変更後に分離する設計で、最終接近時には観測・姿勢制御・通信へ構成を絞る考え方だった。
3月27日で途切れた最終工程
3月27日15:58 UTの通信回で応答がなく、17:51–18:03 UTに弱い搬送波だけが受信された。信号は姿勢喪失を示し、その後の回復には成功しなかった。NASAの飛行史は、搭載計算機の両チャンネルに同時不具合が起きて不適切なタンブリングへ入った可能性を最も高い原因としている。
- 1988-07-12地球出発Proton-K / Blok D-2で打上げ。火星まで約204日を飛行。
- 1989-01-29火星周回投入819 × 81,214 kmの楕円軌道へ捕獲。
- 1989-02軌道を円形化4回の修正後、火星中心から約9,600 km・8時間周期へ。
- 1989-02-23860 km撮像フォボスの高解像度撮像を開始。
- 1989-02-28320 km撮像相対距離を縮めて観測。
- 1989-03-25191 km撮像確認されている最後の高解像度画像を取得。
- 1989-03-27通信喪失4月4–5日に予定していた表面機放出には到達しなかった。
03エピソード
数字だけでは見えない判断、危機、発見の瞬間を一次資料と結び直す。
四回の軌道修正でPhobosに追いつき、37枚を残す
Phobos 2は1989年1月29日12時55分UTに819×81,214 km、傾斜1.5°の火星楕円軌道へ入り、そこから四回の修正で内側を高速周回するPhobosと会う軌道へ移った。単に火星を回るだけでは小衛星との相対速度が大きく、近接像を連続取得できないため、teamは軌道面と周期を段階的に合わせた。VSK cameraは2月23日に860 km、28日に320 km、3月25日に191 kmから撮影し、2〜3月の計37枚を190〜1,100 kmで取得した。画像はgrooveや若いcraterの明るいrim、Stickney西側の地形差を示し、形状模型・密度・軌道力学の更新へ使われた。最終着陸には届かなかったmissionでも、接近を一発勝負にせず複数距離で刻んだため、比較可能な画像列が科学成果として残った。
二つの着陸機を放つ直前、12分の弱いcarrierだけが戻る
Phobos 2は固定型landerに加え、110 kgのPROP-F hopperを搭載し、最大10回・各約20 m跳んで複数地点を測る計画だった。放出予定は1989年4月4〜5日だったが、3月27日15時58分UTの定期通信で応答がなく、17時51分から18時03分に弱いcarrierを受けただけでtelemetryは得られなかった。signalの性質は機体が太陽・地球へのorientationを失ったことを示し、太陽電池とantennaを向け直すcommandも届かなかった。Soviet teamは復旧を続けたが4月15日に喪失を宣言し、最有力原因をsoftwareのrobustness不足を伴うonboard computer二channel同時異常とした。表面機の機構失敗ではなく、母船の姿勢・電力・通信という共通基盤一箇所が二つの実験を同時に終わらせた。
39個の隕石を比べても、Phobosを一種類へ決めない
Phobos 2はKRFMの0.3〜0.6 µm、VSK二band、ISMの0.76〜3.16 µmを同じ小衛星へ向け、可視から近赤外まで位置を対応させたspectraを1989年に取得した。低albedoだけなら炭素質物質など複数の起源を似た暗さで説明できるため、研究teamは39個のmeteoriteから得た58 spectraを、全体形状・吸収band・color ratioで比較した。その結果、どの試料もPhobos表面の一意なanalogにはならず、候補中ではoptically altered black chondriteのGorlovkaとPervomaiskyが最も近い、という限定的結論に留めた。通信喪失で追加接近ができない中、複数instrumentの重なる波長を使って「似ている」と「同じ」を分けたことが、Phobos組成を単純な一分類へ固定しない後続探査の出発点になった。
04軌道・遷移
フォボス2号は火星捕獲後、4回の修正で約8時間の円軌道へ移り、フォボスの公転に近い条件へ位相を合わせた。相対距離を860 km、320 km、191 kmへ縮めて撮像したが、表面機放出前に通信を失った。
- 01火星捕獲1989-01-29 · 819 × 81,214 kmの楕円軌道へ投入。
- 02円軌道化4回の修正 · 約9,600 km半径、8時間周期へ。
- 03フォボスへ位相合わせ火星周回のまま相対速度と距離を縮める。
- 04860 km撮像1989-02-23 · 高解像度観測の最初の記録。
- 05320 km撮像1989-02-28 · 同じ周回方向で接近を継続。
- 06191 km撮像1989-03-25 · 最後に確認された近接画像。
- 07通信喪失1989-03-27 · 表面機放出前に姿勢を失う。
05主要機器・サブシステム
飛行できた観測装置と、最終接近で初めて使う予定だった装置を区別する。
ビデオ分光撮像系
0.40–0.56 µmと0.78–1.10 µmの2帯域でフォボスを撮像し、色比データを残した。
赤外放射・分光計
フォボスの反射スペクトルと熱放射を測定し、表面組成と熱特性を調べた。
近赤外分光器
火星とフォボスの鉱物吸収帯を測る観測装置。機体姿勢で視線を合わせた。
熱赤外走査放射計
火星表面の昼夜温度差を高い空間分解能で記録した。
磁場・プラズマ観測
火星磁気圏尾部、太陽風、イオン組成を周回軌道から測定した。
レーザー質量分析計
ごく近距離からフォボス表面をレーザー照射して組成を測る計画。未実施。
長寿命着陸機
表面画像、レゴリス分析、天体力学測定を長期間行う定点パッケージ。未放出。
110 kgホッパー
約20 mの跳躍を最大10回行い、複数地点の土壌を測る構想。未放出。
06内部設計・システム構成
大推力で火星へ捕獲する6.2 t級の機体を、最終的には観測面・姿勢系・二つの表面機へ絞り込む構成。
6.2 tの大半は「火星で止まる」ため
打上げ時6,220 kgのうち約3,600 kgが推進系だった。火星捕獲と円軌道化を終えた後にこのモジュールを分離し、近接観測へ必要な質量と外乱を減らす設計だった。
走査台を持たない観測面
惑星観測装置は反太陽側へ向けて機体に固定され、専用の走査プラットフォームはない。VSKやISMの視線を目標へ合わせる操作は、機体全体の姿勢制御と同じ仕事だった。
電力・通信・姿勢は一つの鎖
太陽電池で発電し、搭載計算機が観測時刻と姿勢を作り、データを高利得アンテナから地球へ返す。姿勢を失えば観測方向だけでなく発電と通信も同時に失うため、最終事故は全系へ波及した。
表面機は母船の最終ペイロード
DASとPROP-Fは火星到着後も母船に保持され、最接近で初めて分離する構成だった。DASは同じ場所で長期観測し、PROP-Fはフォボスの弱い重力を利用して約20 mずつ跳び、最大10地点を測る役割分担だった。したがって191 km画像は母船の成果だが、表面機の科学は未実施として区別する必要がある。
07写真・図版
出典とライセンスを画像ごとに記載。機体・運用・成果を異なる視点から確認する。

