// Asteroid sample return · JAXA / ISAS · 2003-019A
はやぶさ
HAYABUSA / MUSES-C
はやぶさは、小惑星イトカワから地球外天体のサンプルを持ち帰った日本の工学実証探査機。満身創痍の帰還は、サンプルリターンを「できる技術」に変えた。
01基本情報
後継機はやぶさ2の原型であり、電気推進・自律航法・再突入カプセルをまとめて宇宙で試した実証機。
| 開発・運用 | JAXA / ISAS |
|---|---|
| 打上げ | 2003年5月9日 M-Vロケット5号機、内之浦 |
| 対象 | 小惑星イトカワ 25143 Itokawa |
| 国際標識番号 | 2003-019A |
| 質量 | 約510 kg |
|---|---|
| 寸法 | 本体 1.0 × 1.1 × 1.6 m 太陽電池展開幅 約5.7 m |
| 軌道 | 太陽周回軌道 |
| 主技術 | イオンエンジン、自律航法、サンプラ、再突入カプセル |
02ミッション
目的は、小惑星から試料を持ち帰る一連の技術を実証すること。理学成果より先に、未来の探査の道具を宇宙で成立させるミッションだった。
なぜ小惑星を持ち帰るのか
小惑星は太陽系形成時の情報を比較的よく保存している。地上に落ちた隕石は大気圏突入や地上汚染を受けるが、探査機が採って密閉して持ち帰る試料なら、どの天体のどの場所から来た物質かを追跡できる。はやぶさは、そうした「由来が分かる宇宙試料」を手に入れるための工学実証機だった。JAXA/ISASの公式説明でも、目的は電気推進、自律航法、サンプラ、再突入カプセルを含むサンプルリターン技術の実証とされている。つまり、成果物はイトカワ粒子だけではない。深宇宙で小さな機体を往復させ、天体に触れ、容器だけを地球へ返す一連の手順そのものが、このミッションの主役だった。
20億kmを電気推進でつなぐ
打上げ時質量約510 kgの小型探査機に、はやぶさはマイクロ波放電式イオンエンジンを積んだ。推力は大きくないが、燃費のよい電気推進を長期間使うことで、2003年5月9日の打上げから2005年9月12日のイトカワ到着までに約20億 kmを航行した。2004年5月19日には地球へ高度約3,700 kmまで接近し、イオンエンジン加速と地球スイングバイを組み合わせて軌道を変えた。化学推進だけで一気に行くのではなく、少しずつ速度を積み上げる思想である。小さな機体で深宇宙往復を成立させるには、この「長く粘る推進」が欠かせなかった。
イトカワでは「周回」ではなく寄り添う
イトカワは直径数百 m級の小天体で、重力が弱すぎるため、探査機を普通の惑星探査機のように安定した周回軌道へ置くことができない。はやぶさは太陽周回軌道上でイトカワと速度を合わせ、距離約20 kmの位置から観測を始め、約7 kmのホームポジション、さらに3 km級の近距離へと段階的に移った。JAXAは、2005年9月から11月にかけて4つの観測機器で形状、地形、表面高度分布、反射スペクトル、鉱物組成、重力、主要元素組成などを観測したとまとめている。得られたイトカワ像は、なめらかな砂丘ではなく、岩塊が集まったラブルパイル天体だった。着陸地点を選ぶだけでも、地形、照明、姿勢、通信遅延が絡む難問になった。
タッチアンドゴー設計と、想定外の30分
採取系は、サンプラホーンを表面へ短時間接触させ、粒子を容器へ導いてすぐ上昇する設計だった。しかし2005年11月20日の第1回降下では、2回の緩やかなバウンド後に約30分間表面へ接触し続け、地上指令で離陸した。このとき採取シーケンスは実行されなかった。11月26日の第2回は計画に近い約1秒のタッチダウン後に上昇したが、後の解析で弾丸は発射されなかった可能性が高いと判明した。それでも帰還カプセルからイトカワ粒子が確認された。恒久的に滞在する着陸機ではない一方、第1回は実際に「着陸状態」になったという、計画と結果を分けて理解する必要がある。
帰還で技術が証明された
2005年12月には燃料漏れに起因する姿勢異常で地球との通信を失い、2006年1月に復旧した。2007年4月25日に地球帰還巡航を始めた後も、2009年11月にイオンエンジン異常が起き、部分的に生きているエンジン要素を組み合わせて巡航を再開した。2010年6月13日、探査機本体は大気圏で燃え尽き、分離されたカプセルが豪州ウーメラに帰還した。2010年11月16日には、回収カプセル内の粒子がイトカワ由来と確認された。はやぶさの価値は、計画通りにきれいに成功したことではなく、壊れた状態から帰還条件を組み直し、サンプルリターン技術を現実に動く体系へ変えたことにある。
- 2003-05-09M-V-5で打上げ内之浦からMUSES-Cとして出発し、打上げ後に「はやぶさ」と命名された。
- 2004-05-19電気推進スイングバイ地球へ高度約3,700 kmまで接近し、イオンエンジン加速と重力アシストを組み合わせた。
- 2005-09-12イトカワ到着約20億 kmを航行し、地球から約3億 km離れたイトカワ近傍に到達した。
- 2005-09-12〜11近傍観測高度約20 kmから3 kmまでの範囲で、形状、地形、スペクトル、鉱物、重力、主要元素を調べた。
- 2005-11-20第1回タッチダウンターゲットマーカーを放出。2回バウンド後に約30分表面接触を保ち、地上指令で離陸した。採取シーケンスは実行されなかった。
- 2005-11-26第2回タッチダウン計画に近い約1秒のタッチダウン後に上昇。弾丸は発射されなかった可能性が高いが、帰還後に粒子が確認された。
- 2005-12-08通信喪失燃料漏れに伴う姿勢異常で地球との通信を失い、帰還計画は大幅な立て直しを迫られた。
- 2006-01-23通信復旧運用を再開。探査機の状態を把握し、帰還へ向けた段階的な復旧が始まった。
- 2007-04-25地球帰還巡航開始イオンエンジンで本格的な帰還軌道制御を始めた。
- 2009-11-19複合イオンエンジンで巡航再開異常後、別々のエンジンの生きている要素を組み合わせ、帰還に必要な推力を確保した。
- 2010-06-13地球帰還カプセルを豪州ウーメラへ届け、本体は大気圏で燃え尽きた。
- 2010-11-16イトカワ粒子を確認回収容器内の粒子が小惑星イトカワ由来と確認され、サンプルリターンが科学成果へ接続した。
03エピソード
はやぶさの価値は「壊れながら帰った」という要約より、各故障をどんな物理と判断で次の一手へ変えたかにある。
591 gのMINERVAを、上昇中の200 mから放してしまう
2005年11月12日、JAXAは直径12 cm・高さ10 cm・質量591 gの小型robot MINERVAをイトカワへ投下した。表面から約70 mで放す計画だったが、降下中止commandの後に分離指令が届き、母船が上昇へ転じた約200 mの位置から外へ押し出された。微小重力では数cm/sの違いも着地か脱出かを分けるため、MINERVAは表面へ戻れなかった。それでも分離後約3時間の通信と、母船のsolar paddleを写した画像を確認し、完全な喪失を小天体近傍での自律robot・通信設計の実測へ変えた。
12 cm/sの降下が二度跳ね、三十分の着地になる
2005年11月20日の第一回着地で、はやぶさは最終降下を約12 cm/sまで落としたが、イトカワ表面で二度bounceし、約30分間横倒しに近い状態で留まった。重力が極端に弱いため、15 ms単位の短いthruster噴射ではすぐ離れず、長く噴けば岩へ衝突する危険がある。ISAS運用班はsampling弾の成否が分からないまま機体保全を優先し、姿勢を確認しながら離陸させた。そのため予定した約1秒のtouch-and-goは失敗しても、世界初の小惑星表面への着地と再離陸を実飛行で成立させ、第二回接触へ判断材料を残した。
七週間消えたbeaconを拾い、帰還を三年遅らせる
第二回着地後の2005年12月、燃料漏れと姿勢喪失が重なり、8日にははやぶさとの通信が途絶えた。電池11 cell中4 cellも失われ、推進剤が凍結している可能性があり、2007年帰還窓へ間に合う運用は不可能になった。ISASは自動的に地球方向を横切る確率を60〜70%と見積もって広い周波数・方向を待ち受け、約七週間後の2006年1月23日に弱いbeaconを再捕捉した。そのため即時帰還を捨てて2010年へ三年延期し、残った機能を一つずつ確認する長期救出へ切り替えられた。
停止したEngine Dを、Aの中和器とBのion源で置き換える
地球帰還中の2009年11月4日、稼働中だったion engine Dが異常停止し、11月9日には通常構成で必要な推力を作れない状態になった。四台あっても中和器とion源を一組で使う前提では、片側故障が各engineを丸ごと失わせる。ところが開発班は打上げ前、異なるengine間をつなぐcross回路を追加していた。運用班は劣化の少ないengine Aの中和器とengine Bのion源を組み合わせ、11月19日までに一台相当の推力を再開。そのため2010年6月の地球帰還に必要な速度変更を続けられた。
弾が撃てなくても、10 μmの約1,500粒が帰っていた
2010年6月13日に豪州へ帰還したsample capsuleでは、採取弾が発射された確証がなく、容器内の粒も地上汚染か小惑星物質かを一粒ずつ見分ける必要があった。JAXAのcuration班は窒素環境で容器を開き、電子顕微鏡と元素分析で微粒子を分類する。11月16日、直径10 μm以下が中心の岩石質粒子約1,500個について、大部分が地球外起源でイトカワ由来と判断した。そのため採取機構の未達を「試料なし」とせず、接触時に舞い込んだ微粒子を地上分析へつなぎ、世界初の小惑星sample returnを確定できた。
04軌道・接近・帰還
地球スイングバイまでの太陽周回、イトカワと速度を合わせた近傍運用、ウーメラへ向けた地球再突入の三局面を、それぞれの力学が読める縮尺で示す。
- 01 · 2003–2004太陽を1周して地球へ戻るイオンエンジンで加速を積み上げ、2004年5月に高度約3,700 kmの地球スイングバイ。
- 02 · 2005-09イトカワと速度を合わせる「周回」せず、太陽周回上で会合。約20 km、7 km、3 kmへ段階的に接近した。
- 03 · 2005-11触れて離れるMINERVAは分離時に約200 mまで上昇しており表面に留まれず。第1回は約30分接触、第2回は約1秒で上昇した。
- 04 · 2007–2010壊れた推進系で地球へA中和器とBイオン源を組み合わせ、地球接近後にカプセルを分離。本体は大気圏へ進入して消失した。
05搭載機器
マイクロ波放電式イオンエンジン
長時間の低推力運転で、約510 kgの探査機をイトカワ往復へ運んだ。2009年には生き残った要素を組み合わせる運用にも使われた。
小惑星マルチバンドカメラ
イトカワを多波長・高分解能で撮像し、地形、色、反射率、宇宙風化の議論につながる基礎画像を得た。
近赤外・X線分光
反射スペクトルと主要元素を測り、イトカワ表面が普通コンドライトに近い物質かを読むための観測を担った。
航法・測距系
接近時の距離、形状、目印を読み、自律航法とタッチダウン判断を支えた。通信遅延下では探査機側の判断が不可欠だった。
サンプラホーン
低重力天体に一瞬だけ触れ、表面物質を採取容器へ導くための機構。長時間の着地を避ける設計思想を形にした。
再突入カプセル
採取容器を密封し、探査機本体から分離されて大気圏再突入と地上回収に耐えた。帰還ミッションの最後の主役である。
06内部設計・実証系統
約510 kgの機体で、発電、電気推進、自律航法、接触採取、密封、深宇宙通信、再突入までを成立させる。線は実在する電力・データ・試料の関係だけに絞った。
電力が推進時間を決める
μ10イオンエンジンはキセノンを効率よく加速するが、推力は小さい。太陽電池、電力制御、姿勢、熱を保った時間の積み重ねが、そのまま到達可能な軌道変更量になった。
観測機器が航法の目にもなる
AMICA / ONC、LIDAR、LRFは、形状や地形を測るだけでなく、距離、相対位置、表面姿勢を判断した。地球から即時操縦できない近傍運用では、科学と航法が同じセンサを共有した。
クロス運転は別系統の生存部品を接続
2009年の異常後は、イオンエンジンAの中和器とBのイオン源を組み合わせて推力を回復した。単純な予備機切替ではなく、独立要素を再構成した帰還用の運転だった。
帰るのはカプセルだけ
ホーンからキャッチャ、密封容器、再突入カプセルまでが試料保護系である。本体は地球大気で消失し、耐熱殻、パラシュート、ビーコンを持つカプセルがウーメラで回収された。
07写真・図版
公式画像と公開画像で、探査機本体、イトカワ表面、帰還運用の見え方を確認する。



08関連文献
- The Hayabusa Spacecraft Asteroid Multi-Band Imaging Camera: AMICA
- Spectral calibration for deriving surface mineralogy of Asteroid (25143) Itokawa from Hayabusa NIRS Data
- Thermal infrared observations of the Hayabusa spacecraft target asteroid 25143 Itokawa
- (25143) Itokawa: The Power of Radiometric Techniques for the Interpretation of Remote Thermal Observations
- Itokawa Dust Particles: A Direct Link Between S-Type Asteroids and Ordinary Chondrites