// 火星上層大気・通信中継 · 2013-063A
MAVEN
Mars Atmosphere and Volatile Evolution
火星上層大気を楕円軌道で貫き、太陽風が水と二酸化炭素の大気を宇宙へ失わせる速度を測る。
01基本情報
打ち上げ、機体、軌道、運用の主要諸元。数値だけでなく任務上の役割を併記する。
| 開発・運用 | 米国 NASA / Goddard (GSFC) / LASP |
|---|---|
| 打ち上げ | 2013年11月18日 Cape Canaveral |
| ロケット | Atlas V 401 |
| 国際標識 | 2013-063A |
| 状態 | 運用終了 2025年12月6日信号喪失 / 2026年6月3日終了宣言 |
| 打上げ時質量 | 約2,454 kg 乾燥質量約809 kg |
|---|---|
| 科学軌道 | 傾斜角75°の火星楕円軌道 当初約150 × 6,000 km、周期約4.5時間 |
| 電源 | 4翼太陽電池 / Li-ion電池×2 |
| 科学機器 | 8台 粒子・場6台、IUVS、NGIMS |
| 主要目標 | 火星大気散逸と太陽風相互作用 |
02ミッション
火星大気散逸と太陽風相互作用を、要求・機体・軌道・運用判断・遺産の五層から読む。
何を変えるための飛行だったか
火星が温暖湿潤な過去から現在の薄い大気へ変わった原因を、大気散逸率と過程から解くことが目的である。 Mars Atmosphere and Volatile Evolutionを理解する出発点は、打ち上げ年や機体サイズではなく、当時まだ測れなかった量、成立していなかった運用、あるいは越えられていなかった距離を特定することにある。中心課題は「火星大気散逸と太陽風相互作用」。その要求は観測装置だけで完結せず、軌道、電力、通信、熱、地上系を同時に縛った。
代表値の8 台(科学装置群)、150 km級(通常近点)、11 年(火星運用)は、単なる記録ではない。どの局面へ設計余裕を配分したかを示す手掛かりである。火星上層大気を楕円軌道で貫き、太陽風が水と二酸化炭素の大気を宇宙へ失わせる速度を測る。 本ページでは成果だけでなく、その成果を可能にした判断の連鎖まで追う。
要求を機体へ落とし込む
粒子・磁場パッケージ、リモート紫外線分光器、中性質量分析器、UHF中継器を搭載した。 機体は約2,454 kg、電源は太陽電池。主要構成のIUVS(紫外線分光器)、NGIMS(中性・イオン質量分析器)、STATIC(超熱粒子分析器)は独立した部品ではなく、観測または運用の要求をデータへ変え、保存し、地上へ渡す一本の経路を作る。SWIA/SWEA(太陽風分析器)はその途中で姿勢・環境・相対位置の条件を整える。
さらにMAG(磁力計×2)とElectra(UHF中継器)を組み合わせることで、一つの故障がただちに全任務へ波及しないよう機能を分担した。重量や消費電力を増やせば安全になるとは限らず、打上げ能力、放熱面積、指向精度、通信時間との交換になる。Mars Atmosphere and Volatile Evolutionの設計は、限られた資源を任務の決定的瞬間へ集中させた結果として読むべきである。
軌道は移動経路ではなく実験装置
遠点で全球紫外線、近点で上層大気を直接測り、定期Deep Dipでさらに低高度へ降りる。 Mars Atmosphere and Volatile Evolutionは惑星到着時の制動噴射で接近双曲線から重力に捕獲され、近点・遠点と観測時刻を管理する周回任務である。地球周回の地方時や地上局可視性ではなく、目的惑星の自転、太陽方向、近点高度、通信掩蔽が運用を決める。図では太陽周回遷移、捕獲噴射、目的惑星周回を順に示し、着陸やフライバイと区別した。
Atlas V 401で地球を離れ、2014年9月21日に約33分間の制動噴射を行って火星へ捕獲された。最初は約35時間周期の長い楕円軌道で、追加噴射によって約4.5時間周期の科学軌道へ移った。2019年には上層大気の抗力を使って遠点を下げ、科学観測を続けながら火星表面機との中継機会を増やした。
運用現場で何を判断したか
太陽フレア・塵嵐で変わる大気を長期観測し、宇宙天気と散逸率を分離する。 実際の運用では、取得したテレメトリを正常・異常の二値に分けるだけでは足りない。姿勢誤差、電池残量、温度、通信余裕、推進剤、次の可視時間を並べ、今すぐ続行する価値と安全側へ戻る価値を比較する。自動シーケンスは通信遅延を埋める一方、誤った前提のまま進む危険も持つため、停止条件と地上復帰点が設計された。
太陽嵐時の損失増加を測定。 この一局面を成立させたのは、個別装置の性能より、時刻基準と状態遷移を全系で共有したことだった。観測機なら較正と指向、通信衛星なら回線と姿勢、有人機なら生命維持と退避経路、探査機なら自律航法とセーフモードが判断軸になる。Mars Atmosphere and Volatile Evolutionの運用史は、設計図では見えない余裕の使い方を記録している。
残ったデータと設計遺産
太陽嵐が大気損失を増幅することを示し、火星気候史と地上探査機中継を同時に支える。 成果は発表時の新規性だけでなく、後年の再解析、後継機との比較、規格や訓練の変更に耐えるかで価値が決まる。Mars Atmosphere and Volatile Evolutionが残したものは、観測値、運用ログ、軌道決定値、故障時の判断、製作試験の記録を結び付けた参照系である。
後継計画は同じ機体を再現するのではなく、IUVS(紫外線分光器)で得た能力を更新し、MAG(磁力計×2)で見えた制約を別の技術で解く。成功した任務も、終了・失敗した任務も、どの前提が正しくどの余裕が不足したかを具体化した点で次の設計に効く。一次資料とアーカイブを併記したのは、物語だけでなく検証可能な記録へ戻れるようにするためである。
MAVENが測ったのは一つの高度の大気ではない。遠点の太陽風、磁気圏境界、電離圏、近点の中性大気を一周ごとに連続して横切り、Deep Dipではさらに下端へ入った。同じ機器群で入力と応答と散逸を結んだことが、現在の損失率から過去の火星気候を考える基盤になった。
- 2013-11-18地球出発Atlas V 401で打ち上げ、約10か月の火星遷移へ。
- 2014-09-21火星周回投入約33分の制動噴射で35時間周期の捕獲軌道へ入る。
- 2014-11科学観測開始約4.5時間周期、傾斜角75°の楕円軌道で上層大気と太陽風を横断観測。
- 2015–20165回のDeep Dip近点を約125 km級まで段階的に下げ、大気下端を直接採取。
- 2019-02〜04空力制動遠点を約6,050 kmから4,570 kmへ下げ、周期を約4.4時間から3.7時間へ短縮。
- 2025-12-06信号喪失火星背後の通常の通信遮断から出た後、探査機の信号が戻らなかった。
- 2026-06-03ミッション終了宣言NASAの審査で回収不能と判断。11年以上の火星周回運用を終えた。
03開発・運用エピソード
成果の背後にあった判断、制約、故障対応を一次資料へ戻れる形で記録。
25 kmだけ深く入り、密度十倍を三回の小噴射で刻む
2015年2月10~18日、MAVENは五回予定されたdeep-dipの初回で近点を通常の約150 kmから125 kmへ下げた。わずか25 kmでも大気密度は十倍以上になり、一度の大噴射で入り過ぎれば機体を危険にさらす。このためNASA・LASP運用班は三回の小さな軌道修正で高度を刻み、約五日・20周回だけNGIMSなどを濃い上層大気へ通した後、二回の噴射で元の軌道へ戻した。低高度を常用せず短い窓として作る判断により、全球remote観測と現場密度測定を同じ探査機で両立した。
毎秒100 gの平常値を、2015年3月の太陽嵐で揺らす
NASAが2015年11月5日に公表したMAVENの測定では、火星大気は通常でも毎秒約100 gを宇宙へ失い、同年3月の太陽嵐では散逸率が大きく増えた。磁場を全球にもたない火星では、太陽風の電場が上層大気のionを加速するためで、測定された逃げ道は約75%が尾、約25%がpolar plumeだった。研究班は現在の一値を古代へ単純外挿せず、若い太陽の強い嵐ほど損失を増幅したという物理条件として扱った。その結果、温暖湿潤な火星から薄い大気へ至る気候史に、宇宙天気を実測で結び付けた。
正常telemetryの直後に消え、回転と電池枯渇を最後の断片から読む
MAVENは2025年12月6日、火星背後へ入る直前まで全subsystemが正常だったのに、出現後はDSNが信号を捉えなかった。open-loop受信記録の短いtelemetry断片だけがsafe modeと異常な高速回転を示したため、NASAのanomaly review boardは回転でbatteryが枯渇し通信電源を失ったと結論し、回収不能と判定した。NASAは2026年6月3日、11年超の火星運用終了とdata archive開始を発表したが、この判断は「予備的」で、軌道を乱した根本原因はなお調査中と明記した。最後の状態と原因を同じ確度で断定しない終結だった。
04軌道・遷移
約10か月の地球—火星巡航後、MAVENは35時間の捕獲軌道へ入った。続いて約4.5時間の科学軌道、約125 kmまで下げるDeep Dip、2019年の空力制動で周期を短くした中継軌道へ移った。
- 01地球から火星へ2013-11-18 → 2014-09-21 · 約10か月の巡航後、主エンジン噴射で火星重力に捕獲。
- 0235時間捕獲軌道最初の制動で長周期楕円へ。続く噴射で観測に適した軌道へ段階的に移行。
- 03科学マッピング軌道約150 × 6,000 km、周期約4.5時間、傾斜角75°。遠点から全球、近点で上層大気を直接測定。
- 04Deep Dip約5日間ずつ近点を約125 kmへ下げ、通常軌道では届かない大気下端を約20周で採取。
- 05空力制動と中継強化2019-02〜04 · 火星大気の抗力で遠点を約6,050 kmから4,570 kmへ下げ、表面機との中継回数を増加。
- 06周回中に信号喪失2025-12-06 · 火星背後通過後に信号が戻らず、NASAは2026-06-03に終了を宣言。機体のその後の状態と軌道は特定されていない。
05主要機器・サブシステム
任務を実際に成立させた六つ以上の固有コンポーネント。
紫外線分光器
上層大気・オーロラを遠隔観測。他系統の時刻・姿勢・電力情報と結合して運用される。
中性・イオン質量分析器
組成・同位体を直接測定。他系統の時刻・姿勢・電力情報と結合して運用される。
超熱粒子分析器
散逸イオンを測定。他系統の時刻・姿勢・電力情報と結合して運用される。
太陽風分析器
イオン・電子入力を測定。他系統の時刻・姿勢・電力情報と結合して運用される。
磁力計×2
太陽風・地殻磁場を測定。他系統の時刻・姿勢・電力情報と結合して運用される。
UHF中継器
火星表面機通信を中継。他系統の時刻・姿勢・電力情報と結合して運用される。
06内部設計・システム構成
上層大気へ深く入る近点では直接採取、遠点では太陽風と全球像を測る。その切替えを、回転式の搭載機器プラットフォーム、粒子・場センサー、電力、通信がどう支えたかを示す。
近点で向きを変えるAPP
IUVS、NGIMS、STATICは回転式のArticulated Payload Platformに載る。軌道上でプラットフォームを回し、IUVSの火星大気縁走査、NGIMSの直接採取、STATICのイオン流入方向という異なる視線要求を切り替えた。
磁力計を機体から遠ざける
二つのMAGセンサーは太陽電池翼の外端に置かれた。機体電装の磁気雑音から距離を取り、SWEA・SWIAなどの粒子測定と同じ時刻で磁場を対応させることで、太陽風から火星上層大気へ至るエネルギーの流れを解いた。
科学機と中継機を兼ねる
科学データは2 m高利得アンテナからX帯でDSNへ送る一方、Electraは火星表面機とUHFで通信した。2019年の空力制動で周回回数を増やしたのは、科学軌道を捨てるためではなく、残る科学観測と中継機会を両立させるためだった。
四翼は電源であり安定装置
4翼に2,000枚超の太陽電池を載せ、火星周回位置に応じて約1.15〜1.70 kWを発生し、55 AhのLi-ion電池2基を支えた。翼端のMAG配置と合わせ、発電、姿勢安定、磁気清浄度を同じ構造で成立させている。
07写真・図版
出典とライセンスを画像ごとに記載。機体・運用・成果を異なる視点から確認する。


08一次資料・技術文献
仕様、軌道、運用史、データへ戻るための代表的な入口。